(10)中一新入部員の練習 近江 達
中一新入部員の練習
 三中の校庭は広くないので、歩いて8分くらいの高台にもう一つ、広い西グラウンドがあって、そこで練習や試合があった。ただし我々一年生は一学期の間、二年生と一緒に下の校庭で基本技術を練習した。指導する先生もコーチもなく、マネージャーの五年生(戦前の中学は五年制)に教わり、練習法は次のようなものだった。

数人づつの小サークルに分かれて、ダイレクトのインサイド・キックでパスをかわす。後半はストップしてからキックしてパス。

インステップ・キックはラウンドキックと言って、全員が一つの大サークルを作り、二、三十分続ける。以上の二つは練習日には必ずやった。

シュート練習は半数が球拾い、半数がゴール前2、30メートルで横一列に拡がり、前からのボールをダイレクト・シュート。後半はストップしてからシュート。

ドリブル練習は10人くらいが約2メートル間隔で縦一列に並び、人の間を縫うようにドリブル。やり方は自由で、1人3、4回。

ほかに、横パス前進やヘディング練習もあった。胸や大腿、インステップでのストップ、アウトでのボール扱いはなかった。もっとも、当時の試合ではそういうプレーは殆ど見かけなかった。ミニゲームはやらなかった。

 昔は中学生でサッカーを始めた。初心者の練習内容はどこでもこの程度だったと思う。技術の問題が少なく練習法にも工夫が無くて、毎日同じ事の繰り返しだった。

名ウイング、瀬戸のドリブル
 上の西グラウンドで試合があると一年生はボール拾いが仕事だった。三方が丘陵に囲まれ東側だけ高くネットが張ってあったが、所々明いていた穴からボールが外の道路に転がり出て、さらに崖の下の畠に落ちるためである。 
 中学大会優勝メンバーの大半は私の入学と入れ違いでは卒業したあとだったが、一部が五年生に数人、四年生に二人残っていた。彼らのプレーを見ると、サイドキックしたボールは、下手な者が蹴ったときと違って地を這うようだし、ボールを足に吸い付けるようなトラッピング、蹴って追いかけるのでなくボールを足にくっつけたようなドリブル、柔軟な身のこなしなど、彼らのうまさや(中学生なりの)完成度はすぐにわかった。
 中でも印象に残ったのはレフト・インナー名越、レフト・ウイング瀬戸だった。とくに瀬戸が上体を揺らせながらボールが足から離れないドリブルで、相手をかわしてスルスルとゴールを迫り低くシュートを放つ一連のプレーは、私を魅了した。
 その後、瀬戸さんは関西学院大学に進み、関学が日本一になった黄金時代に活躍した。戦後、来日したオッフェンバッハ・キッカーズ(ドイツ)との試合にオール関学のレフト・ウイングで出場したのを見たが、やはりあのドリブルで外人のバックをみごとに抜いていた。どんなドリブルを良しとするかは、人それぞれで見解も好みも違うが、私は性(しょう)に合うのか、瀬戸流のドリブルが好きで、ぜひ、あの濃(こま)やかな職人芸といった味わいの、ボール・タッチの多い小気味よいドリブルが出来るようになりたいと思った。

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