(29)山口高校定期戦、2時間半の熱戦、インターハイ終焉 近江 達
§山口高校定期戦、2時間半の熱戦、インターハイ終焉
 第二回定期戦は山高蹴球部を松江に迎えて行われた。山高は昨年ほど強くはないが、右インナー岩付、センターバック影山など、当時全盛だった広島高師付属中学出身の好選手がいた。松高で彼らのレベルの選手となると、昨年の主将だった米原くらいで現役にはいなかったけれども、全員が頑張って試合は互角、延長また延長、延べ2時間半に及ぶ熱戦の末、0−1で惜敗し、ベストを尽くした感動と敗れた悔しさから感極まって男泣きする選手もいた。試合後、岩付は、広高の三野(旧制高校サッカー界最高の名センターバック)でも抜く事が出来たのに、私を抜けなかったと悔しがった。魅力的だった彼は得点力のある素晴らしいテクニシャンだったが、惜しくも夭逝した。
 旧制高校のサッカーでは、早い判断とスタートで相手より先にボールにさわる事が大切で、技術もさることながら、激しさや運動量がものを言う。山高との好勝負で自信が出来た選手たちはその後の練習でレベルアップして京都のインターハイに臨んだが、一回戦の相手は運悪く関東の強豪浦和高校だった。松高はチームの総合力は昨年より劣るが、全員が信じられぬくらい健闘し、最高の出来で勝機も無くはなかったのだが、結局、0−0で引き分け抽選で敗退。善戦を最後に私の思い出一杯の旧制高校サッカーは終わった。再来年の旧制高校廃止に先立って、独特の雰囲気だった旧制インターハイもまたこの戦後第三回大会で長い歴史にピリオドを打ったのである。

§懐かしの日々
 思えば、この最後のシーズンの寮生活が我が生涯最良の日々だった。私はさりげない心遣いの出来る人が好きだから、デリカシーのあるサッカー仲間たちと程よい親密さで過ごした日々がとても楽しかった。賑やかで人懐こい大男、高二の花岡がサッカーでも炊事でも音頭をとり、きさくな森脇、高一の岡本、長谷川(三中出)たち下級生は、「近江さんがいたからサッカーをやった」とまで言った。私の技能を認めてくれて気が合った前主将米原も浪人中よく遊びに来た。この勇敢で心優しい内裏雛のような名手は京大入学を果たしたが、蹴球部には姿を見せぬまま早世してしまった。京大でプレーする事を楽しみにしていたのに、さぞや無念だったろうと心が痛む。

§試験前に映画を見に行く理由
 動物学を止めたので、三年生での試験はどれも無事すんだ。試験前日でも勉強する気になれない時は、どっちみち何も出来ず無駄に時間が経つだけだから、気分転換の為に町へ映画を見に行った。別段、強がりでも奇を衒ったのでもない。映画を見ていると次第にやる気になってきて、寮に帰るとすぐ勉強にかかれたのである。反動で却って集中出来たので能率が上がり、夜11時頃に充分準備が終わったから、試験当日はノートなどもういらなくなったので、筆記用具だけ持って登校した。
 以前、入試の最中に宮本武蔵を読んだ為に落第生のように誤解されたが、あの時は勉強しなくてもよかったからだった。今度はその逆で、勉強しないといけないのにその気になれないので、自分自身にやる気を起こさせ高める為に映画を見に行ったのである。変わってると言われるが、本人は筋の通った行動のつもりなのである。

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