(42)§関西一部リーグで勝てず! 近江 達
§関西一部リーグで勝てず!
 同志社、東大との定期戦敗北で前途多難と思われたが、案の定、秋の一部リーグは遂に全敗で終わってしまった。5試合で得点1、失点実に41!前代未聞の惨敗で名門のプライドを傷つけられた先輩たちに叱られた。練習不足は京大蹴球部のいわば宿命、それでも戦前の京大は何度も優勝した。そんな事は理由にならない、というのだ。
 昔、他校の選手が、京大が強いので練習を見に行ったら、意外にも10人足らずで軽い練習しかしてなかった。お寒い内幕を見た彼らは逆に、大して練習しない京大が何故あんなに強いのか不思議だったという。たまに来た全盛期の名選手たちのプレーを見るとサッカー的に大人で、巧さも戦術も精神面も現役とは格が違った。練習しなくても強かったのは他と比べてそのくらい個人の完成熟達度が高かったからで、レベルの低い我々はそれでは、戦前とは様変わりした学生サッカー界でもう通用しなかった。関学など他校は、落ち目の京大を尻目に、戦後いち早く優秀選手を集め以前にもまして強化に専念し、新興チームも台頭して全般にレベルアップが進んでいたからである。
 余儀ない事由もあった。監督が抜擢したセンターバック西田は、私が思ったとおり適任でなく、おまけに正キーパー大橋まで演劇部が忙しいからと退部、踏んだり蹴ったりだった。昨年は大橋、岡川、小山とキーパーからセンターフォワードまでチーの中心になる中央の縦のライン、軸が確立していたが、今年は肝心かなめの芯というか、軸の根元のキーパー、センターバックが穴で、他にも弱い選手がいた。後釜のキーパーは三人もいながら平凡なシュートさえ防げず、緒戦関学に0−12と大量点を奪われて失笑を買う始末でどう仕様もなかった。攻撃も昨年成功したセンターフォワード小山さんが大きなパスで快足右ウイング西田を走らせる大きな展開から、普通の平凡な攻撃に変わり、一部リーグの堅い守備陣から得点する事は難しかった。
 私はサイドハーフで夢中で走り回ったのか何も覚えてない。自責点は無かったからそう悪くなかったのだろう。組織的守備の中心はセンターバックだが、無理なので、リーダー無しで互いに臨機応変に連係し合った。安居監督は連敗で見放したのか指示が少なく、西田にも殆ど注意しなかった。去年はフルバックだった私に嫌になるくらいうるさかったのに、今年はサイドハーフだからか私にひとことも言わなかった。

§戦前の名門京大、初めて二部に転落
 一部リーグ結果は、1位.関学5勝、2位.関大3勝1分1敗、3位.神商大2勝2分1敗、4位.同志社2勝1分2敗、5位.神経大1勝4敗、6位.京大5敗。
 とうとう一部最下位で、二部のトップ大阪経済大と入替戦になった。相手は名門、旧昭和高商だが大して事はなく0−0で終わりかけたが、タイムアップ寸前、オフサイド崩れから呆気なくボールがコロコロとゴールに転がりこみ0−1で敗れ、京大は創部以来始めて二部に転落した。でも内容は互角で突破もシュートも殆どさせなかったので、もしセンターバック岡川、キーパー大橋がいたら1−0、悪くても0−0で一部に残れただろう。学制変更で時代は変った。昨年の阪大、今年は京大と国立大の二部転落が続き、既に若い新制京大生が半数以上を占めていた。旧制高校出身の選手による大人びた旧制京大的サッカーは昨年の小山さんのチームを最後に姿を消した。

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