(64)§休日回診、書類書き 近江 達
§休日回診、書類書き
 私立病院なので午前だけでなく午後も外来があった。午後六時からの夜診はパートの医師が担当。当直日直もバイトの医師がやるが、私は平日の診療、回診、手術以外に日曜、休日も入院患者の回診に行った。時代の違いで今の医師はやらないが、当然の義務と思っていた。仕事の量は医師が一人だと多忙、パートと二人なら余裕ありといったところだが、何事も無ければの話で、救急が入るとか患者に重症がいたり急変したりすると、途端にかかりきりになってしまう。休日や夜中でもお構いなしで不意に呼ばれるから、外科医は健康でないといけないし、いつどこでも即座に対応出来る技能と度胸が必要である。でもそんな事は当然で、たとえ無名病院の一人医長でも嫌な上司がいないのだから本望で、手術も出来たしやり甲斐があった。三十代で多忙は平気だったが、労災、交通事故、保険と診断書や証明書など書類が多かった。前の赴任中、医長は書類など見向きもしなかったので医員の私が処理したが、今回も他の医師がパートで、私は医長でもお役御免とはいかず、また書類書きをする羽目になった。

§鞭打ち症
 医学は科学だが、医療は科学だけでは出来ない。社会の世俗的事情や人間性がからむ。診断書など、要職にあるとか責任感の強い人は、医者が休めと言っても休まないが、怠け者や頼りにされていないような人は必要以上に休むので困る。労災の後遺症診断でも障害の等級を重くしてくれとごてる者がいた。貰える金額が多くなるからだ。
 交通事故では医療面もトラブル含みで、怪我を診断書に出来るだけ重く書いてくれと露骨に注文する被害者が珍しくなかった。加害者は逆に被害者の休業や治療日数がこんなにかかるのか、とよく文句を言った。車社会になって多発した鞭打ち症は厄介だった。頭重、痺れ感、だるい、働く意欲が出ない、などの症状は健康な人でもある事で仮病の疑いもあり、そのうちに、治りにくいなどとマスコミが採り上げたので、便乗して悪用する者まで出た。事故のあと数時間から数日経って悪くなる事が多く、事故直後に正確な見通しと診断書を要求されると難しいケースが少なくない。被害者意識と病(やまい)は気からで患者は普通の病気よりも治りにくくて、異口同音に何日かかってもいいから完全に治してくれと言った。一方、加害者側で事故を扱う保険会社は被害者に払う賠償金を安くしたいので治療を早く止めろとうるさい。その為に治療打ち切りの際によく揉めた。患者の訴えを出来るだけじっくり聞いてあげたつもりだが、泣く女性がいたし、怪しげな男性と平然と、時には脅すように粘った。土地柄もあって人間のいろんな面をいやと言うほど見た。こんな内幕を世間は殆ど知るまい。

§電話でドッキリ!
 時折、勤務時間外や休日でも電話で病院に呼び出された。救急車が迎えに来て病院に着くと直ぐ診療し何時間もかかったり手術になる事もある。職業とはいえ自宅でくつろいでしまうと、特に夜中は正直言っていやだ。それで怒る医師は病院側も呼び出しにくいが、私は普通に応ずるので遠慮なく呼び出された。実際は電話が鳴ると、病院かと思って、ドキッとして心臓にこたえた。夜の電話は大嫌いだったのである。

BACK MENU NEXT